エコツアー大賞
著者プロフィール

吉田千春(よしだちはる)

吉田千春

フリーライター。海外旅行業界紙の記者を経て、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後は、国内外のガイドブックやロングステイ関連本の取材・製作などに携わる。ワーホリ時代にハマったトレッキングが本格化し、ここ数年は冬山も通っております。

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ニュージーランドハイキング vol.1

ひとりで山になんて行けない!

キーサミット編


「トレッキングの勉強をしたいんです!!」見知らぬ会社を訪ね、思いつめた表情でこう告げた私はかなりヤバい女に見えたに違いないと、今になって思う。学校行事以外に山など登ったことのない私が、異国の地で血相変えてこんなことを言っているのは気がふれたからではない。マウントクックでハイキングガイドのバイトを得たので、そのトレーニングをしたいという極めて前向きな理由があったのだ。なんで経験もないのにそんな仕事を?と思う人も多いだろうがこれはいずれ話すとしましょう。
山を知ら山を知らないならせめて仕事が始まるまでの3カ月間ニュージーランドの山を見て来いと言われ、私はトレッキングのメッカといわれるテアナウにやってきた。そして上司が持たせてくれた紹介状を持って、この町でトレッキングツアーを催行しているコロミコトレック(注1)を訪れたのだ。

ここで3カ月下働きすれば、生活費も楽になるし、合法的に山に慣れることができるし、ガイドのお手本も見ることができる。何がなんでも雇ってもらおう! だが私の勝手な野望はあっけなく崩れた。「トレッキングしたいなら自分で行けば?」対応した男性は冷静にそう言ったのだ。諸事情があるのだろう。とりつくしまもなかった。
「自分で山に行けてどういうことやの! 山は経験者と一緒に行きましょうってガイドブックにも書いてるやんか!」会社を後にした私は一気に逆ギレ、大阪のおばちゃんと化し「もーイヤ!あほあほ!」「何やねん!うぎゃー」などと意味不明に叫びながら湖畔の道を歩いた。たちこめるやるせなさを爆発させ、あほはお前だとつっこみたくなるほど荒れ果てると、残ったのは不安だけ。どうしよう。3カ月で山に慣れるなんてできっこないよ。
 ところが.......、やってみるとそうでもなかったのだ。

 

初ハイキングは汗だくキーサミット(注2)

キーサミット1
登りはじめはこんな感じ。ゆるやかだが、延々と登り坂が続く
キーサミット2
頂上付近のブナの木は、厚く苔むしている

私はテアナウにフラット(アパート)を借り、とにかくトレッキングに挑戦しようと決めた。しかし何をどう準備したらいいのだろう。なにせ持っているのはザックと寝袋とトレッキングブーツだけである。
 そこでこざかしい私は、とある日本語雑誌にトレッキング特集の企画を速攻でもちかけ、コロミコトレックに「初心者向けのトレッキング」という自分にぴったりのテーマで取材を依頼した。で、合法的にハイキングの装備や諸注意を丁寧に教えていただき、足りない道具をレンタルさせてもらい、同行取材という名目で手はじめにハイキングに連れて行っていただいたのである。うーむ.......、我ながら転んでもただでは起きない女。ええ、厚顔って言うんですか? せこい? あ、何とでも言ってください。ぜーんぜん気にしません。

初めて踏みしめたニュージーランドの山。それは日本人旅行者には人気の高いハイキングコース、キーサミットだった。山側にびっしりと生えたシダとコケが雨のしずくに洗われてみずみずしく光っている。 足を踏み入れたとたんに緑の風に包まれるような気分になる美しい森だ。だが感動していたのもつかの間、ジグザグと小刻みに折れながらどこまでも登り続ける道に、ツアーのお客さんもヒーヒーフーフーうめきだし、立ち止まる人や休む人がチラホラ出てきた。結構な坂道である。1時間近く歩いてようやく分岐点。左手のホーデンハットに続く下り道と右手のキーサミットへ登る道の二手に分かれている。ここから上は森林限界に近くなり、視界が開けるため気分は爽快だが、登りはさらにキツクなった。は~しんどい........。約20分後、展望台に到着するとガイドさんは涼しい顔で、お湯を沸かしコーヒーの用意を始めている。一方、私はのどがガサつき顔中汗が流れっぱなし。彼がお客にコーヒーをふるまう様子をカメラにおさえながら、果たして自分は本当に3カ月後にトレッキング・ガイドとしてやっていけるんだろうかと一抹の不安がよぎった。

 キーサミットの展望台の辺りは湿地帯になっており、ボードウォークで周辺をぐるりと一周できるようになっている。まるで毛皮を着込んだように厚く苔むしたブナの林もあり、おとぎ話に出てくる悪役の妖精が住んでいそうな不気味な雰囲気がある。もし晴れていればマウントクリスティーナ(2502m)をはじめとする山々が360度ぐるりと見えるそうだが、残念ながらミルク色の霧に囲まれたこの日は、周辺の山はほとんど見えなかった。この取材を通じて私はコロミコトレックの人たちとも和解し(って、私が勝手に怒ってたんだけど)お客の人数が少ない時などには、荷物もちとしてツアーに連れて行ってもらえることもあった。今では本当に感謝している。

 さらにこのテアナウという町には、私と一緒にトレッキングに行ってやろうという神様みたいな人がたくさんいたのである。こうして私はあっという間にどっぷりトレッキングに浸かった日々を送るようになってゆく。
次回、いよいよルートバーントラックへ出発!

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