エコツアー大賞
著者プロフィール

吉田千春(よしだちはる)

吉田千春

フリーライター。海外旅行業界紙の記者を経て、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後は、国内外のガイドブックやロングステイ関連本の取材・製作などに携わる。ワーホリ時代にハマったトレッキングが本格化し、ここ数年は冬山も通っております。

このページに関する問い合わせはコチラ

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次 > Vol.3

ニュージーランドハイキング vol.3

ルートバーントラックに挑戦!

ルートバーン編 その2


 その日は小雨が降っていた。だが、雨を見て気が重くなったのは私だけだったようだ。バス乗り場に行くと、やたらハイテンションのトレッカーがたくさん集まっており、嬉々として雨具を着込んだり、装備のチェックをしたりしている。ひまつぶしに「雨が降って残念だね」と、隣の女性に声をかけると「雨?こんなのシャワーじゃないの! ちょうどいいわよ!」とあしらわれた。
 テアナウに来てから気付いたことだが、そもそも山が好きな人というのはマゾっ気が強い。「あの山行った時、ふぶいちゃってさー」と嬉しそうに自慢するのもいれば「あのルートはキツイよねー」と恍惚の表情を浮かべるものもいる。トレッカーにとって小雨なんて屁でもないのだ。年間6000ミリも雨が降るフィヨルドランドの山に行くなら、なおさら。

imege1
フィヨルドランドの森をゆく師匠・エリちゃん

 ルートバーンのスタート地点は、テアナウから車で1時間ほどのザ・ディバイドである。新品の雨具を着込み、「ルートバーントラック」と書かれた看板を見て気合を入れる。よし、行きますか! エリちゃんと私の2泊3日の旅が始まった。
 この間キーサミットに来た時に、キーサミットの分岐点までは歩いている。ジグザグ登り続ける山道はその時もキツく感じられたが、この日はさらに遠く長く感じられた。誰かが後ろから荷物を引っ張っているような、頭から地面に押し付けられるような気がしてくる。バックパックには最小限の荷物しか入っていなかったが、それでも10キロは超えていた。都会育ちのワタクシは(えっ?地方都市?まーまー)そんな重いものを背負って山などに登ったことは一度もございませんでしたわ。ええ。

 私は何回もエリちゃんを引き止め、日本語雑誌の記事のためにと周辺の写真を撮った。確かに写真は必要だったが、半分以上は立ち止まって休むための口実でもあった。そんなわけで現在も私の手元には、こんなにいらんだろうと思うくらいルートバーンの写真がたくさんある。
 ディバイドからキーサミットの分岐点までは約250メートルの登りだが、そこを超えると下り道になり、下りきったところにハウデン湖と1件目の山小屋ハウデンハットがある。「湖の側でランチを取ろうか」とエリちゃんが提案してくれたおかげで、今までの苦労がウソのように足も心も軽くなった。よく整備された道をどかどかと大またで下ってゆく。
 レーズンがぎっしり詰まったパンを食べ、エリちゃんが持っていたガスバーナーでお湯を沸かし、インスタントコーヒーを入れた。あとはキウイとチョコレートをひとかけ。外で食べると何でも美味しいというのは真実だ。たったこれだけの食事でも元気がみなぎってくる。


雨上がりの森を抜けると、暴れる滝が待っていた

 午後の歩き始めは湿原だった。ハウデンハットの横から湖沿いの平らな道を抜けると、トラックは再び森へ突入し、ゆるやかに登り始める。雨は既に止んでいたが、ブナの木がうっそうと茂っていて森の中は少し暗い。それにキーサミット周辺の道と比べると、木の根や石がゴロゴロしていて、なにやら本格的な山歩きになってきた。
 転ばないようにと足元を見て歩いていると、道の脇に生えるシダやコケが視界の中に入ってきた。雨上がりの森の中で葉という葉が光っている。生まれたてのシダの新芽からポタポタとこぼれ落ちる雫を見ていると、自分の体が浄化されるような気さえする。
 「うわー!すごーい!きれーい!」馬鹿丸出しで叫びまくる私を見て、エリちゃんはボソリと言った。「山に通っていると、こういう景色は当たり前になってくるよ。でも目的地に到着することが先にたって、こんな綺麗な景色が目に入らなくなってくるっていうのは寂しいことだよね。あたし最近、山歩いてても景色見てなかったな」。たくさんの山を歩いてきた彼女のそんな切ない心境を、スーパービギナーの私が理解できるわけもない。私は彼女の言葉を不思議な思いで聞いた。


連日の雨で荒れ狂った イヤーランド滝

しばらく歩いているとゴゴゴゴ.....という轟音が響いてきた。最近降り続いていた雨でこの先にあるイヤーランド滝が増水しているらしい。行く手にはバケツをひっくり返したような水が道の上に降り注いでいるのが見えている。「あそこを本当に歩くの!? マジで?」そうは言いながらも今さら引き返しようがないのは自分でも分かっていた。今日の寝床はこの滝の先にある。先に進まなくてはしょうがないのだ。
 結局我々は雨具を着込み、バックパックにもパックカバーをつけて、キャーキャー言いながら氾濫する滝の真下を通り抜けた。おニューの雨具を着ているという心強さもあったが、頭からバシャバシャ水を浴びるというのはなかなか面白い体験だ。もう一度往復しようかと2人で笑いながら、いつの間にか自分がマゾっぽくなってきたことに驚かされる。

imege3
マッケンジーハットの2階はこんな感じ。
備え付けのマットを引き、各自持参した寝袋で寝るシステム

 やがてミルク色の空が広がり、辺りの展望が開けてきた。眼下にはホリフォードバレーが広がり、その先に水墨画のように山々の影が連なっている。どこか寂しげで幻想的な風景は、曇りの日特有のものなのだろう。こういう天気の日に歩くのも悪くない。だが、さすがにそろそろ疲れてきた。再び重くなってきた足をひきずり下り道をダラダラと歩いていると、今日の宿泊場所であるマッケンジーハットが見えてきた。シンプルなつくりだが中には暖炉やテーブルもあり、なかなか居心地がよさそうだ。

 山小屋の外にあるベンチに腰掛けると、目の前には美しい湖があった。太陽が雲の切れ間から現われ、緑色の湖面をきらきらと輝かせている。とにかく1日目が終わったのだ。私は日向ぼっこをしながら、ぼんやりと心地よい疲労感を味わっていた。

VOL.4へ続く

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次Vol.4