エコツアー大賞
著者プロフィール

吉田千春(よしだちはる)

吉田千春

フリーライター。海外旅行業界紙の記者を経て、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後は、国内外のガイドブックやロングステイ関連本の取材・製作などに携わる。ワーホリ時代にハマったトレッキングが本格化し、ここ数年は冬山も通っております。

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ニュージーランドハイキング vol.4

雪景色のルートバーンをゆく

ルートバーン編 その3


山小屋でインスタントラーメンの夕食と食後のお茶を終えると、途端に眠気が襲ってきた。この日歩いた行程は12キロ。山に慣れている人にはごく簡単な道だったに違いないが、初めての経験だったため、私はとても疲れていた。早めに休みたいと告げると、エリちゃんが「ハットワーデンが来るから、もうちょっと待って」と言う。山小屋に住み込んでいる管理人のことらしい。宿泊者は管理人に宿泊チケットを渡して、予定通りに山小屋に到着していることを証明しなくてはならないのだ。

山小屋の管理人と聞いて、眠さと疲れでかすみがかかったような頭の中に、ハイジのおじいさんや倉本聡、上条恒彦、南らんぼうなどの山男像がボワンと浮かんだ。異国の山の中でマニアックな面々を思い浮かべながら、やはり山小屋の管理人たるものヒゲは生やしていてほしい、などと勝手に考えていると、やってきた管理人は20代の可愛い女の子だった。

彼女が宿泊者を集め、明日のルートの見どころや天気予報について説明している間、私はぼんやりと「女の子なのに山の中に1人で住むなんてたくましいなあ。もし自分が同じ立場だったらどうするだろう」と考えていた。そして危うく大事な忠告を聞きのがすところだった。
「え、今なんて?」
「今晩はふぶくから冷え込みが厳しくなるわよ。ルートにも雪が残るだろうから、明日の防寒対策は万全にしてね」

初夏の雪に大はしゃぎ

南半球のニュージーランドは日本と季節が逆になる。だから11月下旬といえば初夏である。だがここはフィヨルドランドの山の中。初夏といえども雪が降るのだ。翌朝外に出てみると、山々は真っ白に雪をかぶっていた。とりあえずフリースや手袋、帽子、ポリプロのタイツなど、持っている衣類をすべて総動員させて寒さに備えることにする。空は相変わらず曇っているが、日中天気が荒れることはないとの予報だ。

この日のコースは前日とはまったく様子が違った。森林限界に入ったため、前後左右の視界が開けたのだ。干草色の植物と雪に覆われた山の斜面が目の前に現れ、その斜面を水平に横切る細い道がつけられている。山の表面を歩いている事を実感させられる道だ。やがてこのトラックのハイライトであるオーシャン・ピーク・コーナーと呼ばれるエリアにさしかかった。自分のはるか左下にはエメラルドグリーンのホリフォード川が流れ、谷の向こうには切り立ったダーラン山脈の絶景が広がっている.....はずであった。しかし、この日は霧のおかげで、そのような風景はなんっにも見えませんでした。フン。

我々は時おり、谷や山があるべき方向を眺めては「なんかすごーい!」「真っ白~」などと気休めに叫んでみたものの、いつまでたっても風景が同じなのでズカズカと歩を進め、避難小屋で昼食を取ることにした。この避難小屋から足を伸ばしてコニカルヒル(1515メートル)に登り、そこからの展望を楽しむというオプションもあるのだが、この日はそれも「不可」だった。わざわざDOCのスタッフが避難小屋に待機して「雪が多くて危ないからコニカルヒルには登らないように」と忠告していたのである。

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はしゃぐ筆者。小学校までさかのぼっても、こんなにノリノリで写真に写ったことはありません

午後になっても霧は晴れない。だが私は子どものようにウキウキしていた。道中で時おり見られる大きなツララや凍りついたデイジーの花、ひざまで埋まる残雪などは、雪の少ない町で育った私にはとても珍しいものだったのだ。「わーいわーい」と喜びまくり「あたしの写真撮ってぇ~」としつこくねだってはブリっ子なポーズをとる私を見て、エリちゃんはもしかしたら内心ブチ切れていたかもしれない。ごめんね、エリちゃん。ま、今さら反省してもしょうがないので、早く忘れることにしましょう。

ゆるやかな下り坂を進んでいると、自分の行く手に大きな滝が見えた。水が扇形に広がって落ちてゆく美しい滝である。その側にあるのが本日の寝ぐら、ルートバーン・フォールズ・ハットだ。この日の歩行距離は11.3キロ。雪と氷ではしゃいだせいか、私はまったく疲れていなかった。

 

最終日はお散歩気分で余裕のゴール

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霧の間からルートバーンフラットが姿を現した

いよいよ最終日の朝である。だが気分はとても楽だった。というのも、この日の行程はかなり楽だと知っていたからだ。まずルートバーンフォールズ・ハットから坂を下り、森に入ってさらに下るとルートバーン(バーンとは川を指す言葉)が現れる。あとは川沿いのなだらかな道を歩いていけばゴールに到着できるのだ。歩行距離は8.8キロと短いし、2日間分の食料が胃の中に入ったことで、バックパックもかなり軽くなっている。今日は散歩気分で歩けるかもしれない。

数日前の雨で増水したルートバーンは、白波をたててゴーゴー流れていたが、道は拍子抜けするほど穏やかだった。川の方向から陽がさすため1日目に歩いた森より明るく、乾いているのがありがたい。ブナの葉が頭上で揺れ、足元ではシダが輝いている。そして我々にちょっかいを出すように、かわいい小鳥がすぐそばを飛んでゆく。思わず顔がほころんでしまうほど気持ちのよい場所だ。

ゴール地点まであと少しという辺りで、ふと対岸を見るとブナに覆われた山があった。風の中で瑞々しい新緑がうごめき、銀色に光る無数の幹が揺れている。山全体が震えているような不思議な光景だ。それをぼんやり見ているうち、私は、山そのものが小さな生命体の集まりであるということに気が付いた。と言うより、山が教えてくれたのだ。自らの身を震わせて。「あんたら、天気もあんまりいいことなかったけど気ぃ落とさんと。ワシの腹の新緑でも見ていきなはれ」と言ったかどうかは別として(言ってないです)。

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大事なことを教わったブナの原生林

当たり前だけどスゴイことだ。理屈は知っていても実感できなかったことだ。なんと大事なことを教えてもらったのだろう。私はうれしくなり、この山に親しみを感じた。

午後2時過ぎ、ゴール地点であるルートバーン・シェルターに到着し、初めてのトレッキングが終了した。見られなかった景色は多かったが、そのおかげで見えたものもあったし、何より32キロの距離を疲れずに歩けたことは自分にとって大きな収穫だった。

「ありがとう。みんなエリちゃんのおかげやわ」
3日間、付き合ってくれた師匠に礼を言う。だが、そんな謙虚な態度もつかの間、びっくりするくらい早く、根拠のない自信をつけてしまうのが私という人間である。最初の不安は?緊張感は? どこ吹く風である。というわけでルートバーン・シェルターからバスに乗り込み、グレノーキーへ向かう頃には早くも「結構あたしって歩けるかも。この分なら他のトラックも大丈夫ちゃうかなあ」とエリちゃん相手に調子づいている自分がいた。彼女はさぞ驚いたに違いない。

VOL.5へ続く

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次Vol.5