エコツアー大賞
著者プロフィール

吉田千春(よしだちはる)

吉田千春

フリーライター。海外旅行業界紙の記者を経て、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後は、国内外のガイドブックやロングステイ関連本の取材・製作などに携わる。ワーホリ時代にハマったトレッキングが本格化し、ここ数年は冬山も通っております。

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ニュージーランドハイキング vol.5

憧れのミルフォード・トラックへ

ミルフォード編 その1


 ルートバーンのトレッキングで味をしめた私は、すぐにミルフォード・トラックへ向かう準備を進めていた。ミルフォード・トラックといえば、「世界で一番美しい散歩道」とうたわれているコースであり、世界的にその名を知られる道でもある。実際、日本からニュージーランドにやってくる中高年の登山愛好家にとって、この道は憧れの存在となっているようだ。「これから我々一行は、あのミルフォード・トラックを歩くんだよ、フフン」てなもんである。

 ミルフォードを特別視するのは日本人に限った話ではない。テアナウでは、“I've done Milford Track”(私はミルフォードを歩きました)」という英文が書かれた自慢用のTシャツが売られていたくらいである。例えばオークランドでこのTシャツを着たとしても、だから何やねん、ということになるだろうが、世界中から登山愛好家が集まるテアナウの町においては、絶大な自慢効果をもたらすに違いなかった。「あいつ、ミルフォードやったのか。先を越された」とひそかに嫉妬するのもいるだろうし、「ねーねーミルフォードどうだったぁ?」と無邪気に聞いてくる私のようなのもいる。まさに自慢屋の思うツボ。私ってやっぱり馬鹿かも.....。

 ミルフォードが自慢のタネになるのはいくつかの理由がある。まずルートバーン同様、1日の入山者を80人と規制し、完全予約制としていること。3泊4日で54キロを歩く長いルートであること。個人歩きで利用する山小屋としては、国内最高の宿泊料金を取っていること。ガイドウォークに参加すると10万円前後かかることなどだ。要は、他のトラックよりお金も時間もかかるのである。

 

同行者もスーパービギナー

 とにかく行ってみなくては始まらない。私はルートバーンの時と同じようにDOCのオフィスに出かけ、トレッキングの予約を入れようとした。だが、さすがミルフォード。予約はすべて埋まっており、キャンセル待ちをしなくてはならなかった。当分ムリかもしれないと意気消沈したのもつかの間、その日のうちにDOCから「キャンセルが出た」との電話連絡があった。こういう時、テアナウに滞在していると本当に話が早い。

 テアナウ・バックパッカーズに顔を出すと、エリちゃんがやってきて、明子という日本人の女の子を私に紹介した。「ミルフォードに行くならこの子と一緒に歩いたげてくれる? 彼女、初めてのトレッキングで不安がってるし、千春ちゃんはルートバーン歩いたから、もう大丈夫やろ?」。
 私は昔から身のほど知らずとして定評のある女だが、一度山を歩いたぐらいで「私が一緒に歩いてあげましょう」などとヒトサマに言えるほど図太くはなかったし、ルートバーンより20キロ以上長いミルフォード・トラックを果たして歩けるのかという自分自身の心配もあった。だが、数日前の自分とまさに同じ立場の彼女が、どんなに不安であるかも理解できたので、行動を共にすることを約束した。
 それにしても同じ初心者でも「初めて」と「2回目」では、ずいぶん違うものである。荷物や食料の準備を進めるうちに、私はいつの間にか明子さんの指導役になっていたのだ。数日前に、自分が教えてもらったばかりにもかからわず。

 この時私は、今まで聞いたことや見たことを明子さんに伝えながら、おそらく調子づいていたのだろう。手痛いミスをおかしてしまった。2人の持ち物をチェックすると、明子さんはパックライナーを持っていないという。2ドル程度のものなので買うことを勧めると、自称『極貧ワーホリ』の彼女はこれ以上の出費はキツイといって顔を曇らせた。山小屋の宿泊費と交通費、食費などを含めると、ひとり2万円強の出費になっていたのだ。「じゃ、これを使えば?」。私は家に転がっていた厚手の巨大ビニール袋で代用することを提案した。だが今考えれば、これが間違いのもとであった。ひー。

 

貧富の差を山の中で知る

 いよいよその日はやってきた。お昼過ぎにDOCの前からバスに乗り、テアナウ・ダウンズへ向かい、ここから船で2時間をかけてテアナウ湖を渡る。晴れていれば快適なクルーズだったに違いないが、この日の気温は低く、雨が降り始めたこともあって、みんな時間をもてあましているようだった。
 ようやくミルフォードトラックのスタート地点、グレイドに到着だ。有名トラックだけに、たくさんの人がミルフォード・トラックと書かれた看板の脇で写真を撮っている。

ミルフォードトラック
筆者と明子さん。雨が降っていたせいか多少ピンボケ。この頃の私はコロミコトレックで購入したポリプロのしましまパンツに短パンをいつも合わせていました

我々もまるで出発前の儀式のように記念撮影をし、世界一美しい散歩道へと足を踏み出した。しかし、なんと整備が行き届いた道だろうか。道幅は2メートルくらいあり、コンクリートを敷いているのではと思うくらいフラットである。この道ならいくらでも歩けそうだと話しながら森を抜けると、ふいに草原が開け、ガイドウォーク専用の宿グレイド・ハウスが現われた。ガイドウォーク参加者の本日の行程はここで終わりである。出発地点からわずか20分で、歩行距離1キロ。拍子抜けするくらい短い。

 我々は、ツアーに参加しているわけではないので、この先にあるクリントン・ハットまでさらに歩かなくてはならなかった。といってもたかだか3.5キロなので、1時間も歩けば到着してしまう。道はみずみずしいブナの森に包まれており、木々の間からクリントン川の清流がチラチラと見えている。雨は降ったりやんだりだったが、ブナの木々が傘代わりになるので濡れる心配もなかった。これではトレッキングというより公園の散歩ではないか。ホントにこれでいいんですか? と聞きたくなるくらいの楽なスタートであった。
 だが、クリントン・ハットに到着して私はちょっとがっかりしてしまった。建物が予想以上に古く、就寝用マットも湿気でヒンヤリしていたのだ。ルートバーンの山小屋が美しかったので、それより宿泊料金が高いミルフォードの山小屋はさらに美しく整然としているに違いない、と勝手に期待していたのが間違いだった。

 そもそも豪勢な設備を山小屋に求めるなら、ガイドウォークに参加すればよいのである。我々がガイドウォーク参加者の5分の1の金額しか払っていないことを考えれば、宿泊施設に雲泥の差があるのは当然のことだ。かたや温水シャワー、こなた風呂なし水道水のみ。金持ちがワイン付きフルコースディナーを優雅に満喫しているころ、貧乏人は五徳にホースがつながっただけの調理台で湯を沸かし、バックパックの中で粉々になったインスタント・ラーメンを、鍋から直接食べているのだ。「お腹へってるから何でも美味しい!」とか言いながら。

 あ、イヤイヤ、いいんですよ、わかってます。わぁーってます。環境保護のために、入山規制や高い宿泊料金を設定しているわけだから「お金出す人を優遇する」のは当たり前ですよね。しかし、なんかこう貧富の差を見せつけられるというんですか、資本主義のヤな部分を山の中で教えられるというか。カースト制度っぽいというか........、ブツブツブツブツ。

 かくして名実ともに貧乏人のワーホリである我々は、内心ヒクツになりながらも明るい未来を夢見て、カビ臭いマットで眠りについたのであった。

VOL.6へ続く

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次Vol.6