エコツアー大賞
著者プロフィール

吉田千春(よしだちはる)

吉田千春

フリーライター。海外旅行業界紙の記者を経て、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後は、国内外のガイドブックやロングステイ関連本の取材・製作などに携わる。ワーホリ時代にハマったトレッキングが本格化し、ここ数年は冬山も通っております。

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ニュージーランドハイキング vol.7

時間との戦い!ミルフォード最終日

ミルフォード編 その3


 最終日の朝は小雨が降っていた。
 結局4日間の行程のうち、雨が降らなかったのは2日目だけだったが、この日が晴天だっただけでもラッキーだと思わなくてはならないだろう。ミルフォードでは4日間雨に降られっぱなしという話も珍しくはないからだ。

 この日はほとんどのトレッカーが早起きして、朝7時台に山小屋を出発した。ゴール地点のサンドフライ・ポイントに午後2時に迎えに来る船に乗るためだ。これに乗り遅れると翌日の船を待たなくてはならないというので、我々も7時半に山小屋を出発することにした。日本の登山愛好者からは「全然早くない!」と怒られそうだが、ニュージーランドではこれでも早いのである。特にフィヨルドランド国立公園の夏は日が長く、夜の10時くらいまで明るいので、バスや船の時間に制約されない日なら朝の9時や10時に出発しても何の問題もないのだ。

ミルフォード・アーサー川4日目のルートは、アーサー川の流れるアーサー谷に沿って続く。雨の日の翌日は水量が増えてこんな感じ。写真提供: Ultimate Hikes

 最終日の歩行距離は約17キロ。特別長い距離ではないし、アップダウンもない。だが、2日目に17キロ、3日目に20キロと続けざまに長い距離を歩いたため足は重かった。目的地がいつも以上に遠く感じられる。私は小雨が降る森をトボトボと歩きながらミルフォード・トラックの山小屋の配置を呪った。ここでは宿泊場所が厳格に決められているので、全員が1日目に5キロだけ歩き、2日目から毎日17キロ程度ずつ歩かなくてはならない。1日目にせめて12~13キロでも歩かせてくれれば、あとの行程が楽だろうに。

 もはや同行者の明子さんと一緒にいるのは苦痛だった。我々はお互い同意の上で別々に歩くことにした。それにしても.....。2日目までニコニコしていた彼女が、歩き疲れたという理由だけで、こうもぶっきらぼうになるものだろうか。だが考えるうち、彼女が不機嫌になるのも当たり前のように思えてきた。トレッキングの間は電話も電気も道路も車もない不便さから逃れられないし、山小屋は常に他人がいて、プライバシーもなければ食事やトイレもままならない。さらに毎日、豪雨でもカンカン照りでも重い荷物を背負って目的地まで歩かなくてはならない。こんな環境を楽しめる人と楽しめない人がいるのは当然のことだ。明子さんはおそらく後者だった。そして、彼女の気持ちがまったく理解できなかった私は多分、前者なのだろう。

 

恐竜の森と美しい滝を経てサンドフライポイントへ

 アーサー川に沿ってトラックは続いている。だが、私は先を急ぐばかりでほとんど景色を見ていなかった。すぐ前を歩いていたグループの1人が「なんかジュラシックパークみたい!」と声をあげるまで、自分が背の高いシダの木々に囲まれていることにも気づかなかったのだ。あら。昨日まで歩いてきた穏やかなブナ林とはずいぶん様子が違う......。

 ツリーファーンと呼ばれるこのシダは樹高が7~8メートルあり、幹の一番上からヤシの木のように葉が放射状に広がっている。この木がうっそうと茂っている様子はまさに原始の森を思わせた。エキゾチックといえばエキゾチックだが、不気味といえばこれ以上不気味なものもない。道をそれ、木をかきわけて森の奥へと進んでいけば、人知れず今も巨大な恐竜が暮らす場所があるのではないだろうか。私は少年のように恐竜に思いをはせてみたが、恐竜時代にいたという1メートル大のトンボが森の中を飛びかっている様子が頭の中に浮かんできて、気分が悪くなった。

 ぬかるんだ沼や小川には木道がかけられている。最近の大雨のせいか、木道が朽ちて壊れている場所もあったが、途方にくれるほど道が荒れている場所はないようだ。

マッケイ・フォールズ
ゆっくり休まなかったことが今だに悔やまれるマッケイ・フォールズ 写真提供: Ultimate Hikes

やがて左手に、マッケイ・フォールズという名の小さな滝が現われた。まるで庭師が作りこんだかのようにコケむした岩が滝の前に鎮座しており、ほとばしる水が岩に沿って白く柔らかな弧を描いている。光の当たり方といい、辺りのコケの生え方といい、その美しさは自然にできたものとは思えないほどだった。その側にあるベルロックという岩は内部が浸食されて空洞になっており、中に入るとまさしくベルのような円錐型の空間が広がっていた。本当ならこの辺りでひと休みしたいところだが、2時までにゴールに到着しなくては、という思いがあるため、誰もが少し立ち止まって眺めるだけで気ぜわしく先に進んでゆく。なんだかもったいない話である。

 その先には小ぶりだが水量が多く美しいジャイアント・ゲート・フォールがあった。だがここも同様だった。「わあ、きれい」「ほんとだ~」カシャ(写真撮る)「じゃ、行こうか」てな感じである。全然、落ち着く時間がないじゃないの! 山小屋の位置が動かせないなら、せめてボートの時間をもう少し遅くしてほしいものだ。

 ブツブツ文句を言いつつも、がんばって歩いた結果、私は昼過ぎにゴールのサンドフライポイントに到着した。サンドフライという虫がたくさんいることを示す嫌な名前だが、れっきとしたミルフォード・トラックの終着点である。ああ、よかった。ちゃんと自分の足で54キロ歩けたんだ。途中で合流したグループの面々と抱き合い、叫びあう。「ばんざーい、ばんざーい!」顔が勝手にほころんで、体も気分も羽のように軽い。

サンドフライポイントサンドフライポイントの看板。トレッカーが残していくブーツは、シーズンが終わるたびに回収されているそう。よってこの写真はシーズン開始直後のものではないかと思われます。写真提供: Ultimate Hikes

 今まで、ミルフォードで大雨と泥にやられてヤケクソになったトレッカーがたくさんいたに違いない。終着点を示す看板には泥だらけの汚いトレッキングブーツが何足も誇らしげにぶら下がっていた。革が痛んで使い物にならないオンボロばかりだが、トレッキングブーツもこの看板にぶら下げられてお役御免となるなら本望だろう。なにしろ世界中の人が『世界一美しい散歩道』を歩き終えた証明として、この看板前で写真を映すのだから。写真の中の人々は泥だらけのトレッキングブーツを面白がりながら、喜びで顔をくしゃくしゃにしているはずだ。

 案の定、私のブーツも泥でぐちゃぐちゃだった。だが、これを看板にぶらさげて帰るわけにはいかない。なけなしの290ドルを出して買った大事な靴だ。それに、これから続く私のトレッキング修行に、まだまだ付き合ってもらわなくては。

 午後2時過ぎ。ミルフォード完歩を祝ってくれるかのように青空が広がった。迎えの船に乗り込んだ我々は全員笑顔。誰かが歌いはじめたら、全員で声をあわせて歌ってしまいそうなくらい爽快な気分だった。私より40分遅れてゴールした明子さんもうれしそうだ。

 この分だとテアナウもいい天気だろうな。今晩はワインとビールで乾杯しよーっと。これが飲まずにおられようか。いや、おれまい。いやーん反語! 私は不気味なほどハイテンションになって、シラフのうちから怪しく叫びまくっていた。

VOL.8へ続く

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次 Vol.8