エコツアー大賞
著者プロフィール

吉田千春(よしだちはる)

吉田千春

フリーライター。海外旅行業界紙の記者を経て、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後は、国内外のガイドブックやロングステイ関連本の取材・製作などに携わる。ワーホリ時代にハマったトレッキングが本格化し、ここ数年は冬山も通っております。

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ニュージーランドハイキング vol.10

休む間もなくホリフォードへ出発

ホリフォードトラック編 その1


 ケプラー・トラックを歩き終えたその晩、我々はケプラー完歩の祝宴をしようと、テアナウ・バックパッカーズに集まっていた。スーパーで買い込んだ缶ビールやワインをこの宿のラウンジであけようというわけだ。といっても、ここでお酒を飲むのはいつものことだったので、祝宴というのは、まあ正直に言えば乾杯の言葉が違うだけのことだった。

 私はお酒は好きだが、特別強いわけではない。だが、どう考えてもこの頃の酒量は異常だった気がする。誰かの誕生日は「誕生祝い」、山に行く前夜は「前祝い」、山小屋に着いたら「歩いたごほうび」、山から帰ったら「祝杯」、何もない日は「ひまつぶし」とかなんとか言って、毎日飲んでいたのだから。
「いやー、やっぱオールドダークはうまいっ」
「いやー、今日もいい天気だ。乾杯!」
「うわはははは 乾杯!」
「だははははは うれし~やね~」

 昼間っから湖畔で酒を飲んでヘラヘラ叫ぶ30前の女というのは、まさにアル中寸前、人生やぶれかぶれ、両親だったら目をつぶって首を横にふりたくなる光景だろうが、本人にとってはこれ以上健康的な生活はなかった。天気がよければ山に行って森の中をガシガシ歩き、体が疲れた日と雨の日はのんびり過ごしてお酒を飲み、次のトレッキングの計画をたてる。そのメリハリのきいた生活が実に心地よかったのだ。ま、つまりは晴れても雨でも遊んでいたわけだが、気分だけは「晴耕雨読」であった。

 久美さんとマサさんが自分の部屋で用事を済ませている間、私はバックパッカーのラウンジで、次はどこに行こうかな、とぼんやり考えていた。今日ケプラーを歩き終わったから、フィヨルドランド国立公園内の3つのグレートウォーク(ミルフォード、ルートバーン、ケプラー)は制覇している。他にテアナウから行けるトラックといえばホリフォード、グリーンストーン、ケープルズなどがあるけれど、ホリフォードは条件面がややこしいそうだし、どうしたものかな・・・・・・。

 

カブ君との出会い

1人でボーッとするのに疲れたので、私は側に座っていた日本人の男性と話を始めた。坊主頭で険しい目をした彼は言葉数が少なく、こちらが何かを言うと「フーン、そう」と短く言葉を返す。だが話すのが嫌なわけではないようで、ニュージーランドで釣りをするためにワーホリのビザを取ったこと、滞在費を稼ぐためにオークランドの有名な日本食レストランで働いていたこと、ワーホリ最後の数ヵ月を釣りの旅にあてるため、北島から自分の車で移動してきたことなどを話してくれた。そしてふいに、彼はこう言ったのだ。
「俺、明日からホリフォード・トラックに3、4日釣りに行くんだ」。

 なに、ホリフォード! 私はとっさに「それ、一緒に連れて行ってもらえないかな」と頼んだ。日常生活で初対面の異性にこういう事を頼むと不気味に思われそうだが、旅人同士というのは気がねがなくていい。しかもワーホリというのは遠慮のカケラもないので(えっ、私だけっすか?)、しまいには「私、今日ケプラーから帰ったところだから、出発は1日延ばして明後日にしようよ」と人の予定を図々しく仕切っていたのである。
彼の言葉に私が反応したのは、それなりの理由がある。ホリフォード・トラックはフィヨルドランド国立公園の中から、ホリフォード川に沿って海に向かって伸びる56キロのトラックだが、私はここを完歩する事をあきらめていた。だからせめて2泊3日か、3泊4日で途中まで歩いてみたいと思ったのだ。

 このトラックはそれほど難しいわけではない。だがガイドウォークでなく個人で歩こうとすると、財力か体力のどちらかを要求される道なのである。海に向かって伸びるトラックは西海岸に出た所でゴール地点となる。この地点から町へ戻るためには、高い料金を払ってセスナをチャーターするか(要・財力)、同じ道を歩いて帰るか(要・体力)しかない。そして、いざ歩くとなると、往復112キロの道のりを、7泊8日かけて歩かなくてはならないのだ。財力がなく体力しか望みのもてなかった私にとって問題となったのは、距離や日程よりもバックパックだった。私の45リットルのバックパックには8日分の食料をつめこむスペースはなく、つまりどう考えてもホリフォードを踏破するのは無理だったのだ。

 どっちにしろ最後までは歩けないのだから、途中まで歩いてみよう。マイカーで出発地点まで連れていってもらえるならバス代も節約できるし、いいこと尽くしだ。私はわがままな要求を快諾してくれた彼に礼を言い、そういえば、と名前を聞いた。彼はちょっとテレながら「カブって呼んで」と言った。

 

巨大バックパックに目がテン

左がカブ君。右が周一さん

翌日、打ち合わせのためにバックパッカーズに行くと、カブ君は昨日よりにこやかな様子で「もう1人、一緒に行くことになったから」と言った。彼の後ろから「こんちわ」と出てきたのは、ケプラーの山小屋で会った色黒の青年だった。「あっ、あの時の!」とお互い驚いたものの、これはテアナウではよくあることだ。なにしろこの町には1軒しかバックパッカーズがなかったし、ユースホステルは当時不便な場所にあったので、山に通うために長期滞在する人のほとんどは、ここに宿をとっていたのだ。

 彼は名前を周一といい、トレッキングするためにニュージーランドに3ヵ月の予定で来ているといった。テント暮らしで滞在費を節約しながら、南島の北の方から有名なトラックを順番に歩いてきたらしい。日本でも山に通っているだけあって体力には自信があるようで、ホリフォードを8日かけて歩いて往復する予定だと言って笑った。
「すごいねー、あたしも本当は往復してみたいんだ~。でもバックパック小さいし、とても食料が入らないからダメかなと思って」と言ったものの、その時の私は8日分の食料を運ぶということがどういうことなのか、キチンと理解できていなかった。

ホリフォードの入り口。写真ではわかりにくいが、背中には巨大なバックパックがあるのだ!

さて次の日の午後、私は周一さんの荷物を見て目がテンになった。4歳児が3人くらい入りそうな巨大なバックパックである。試しに地面から持ち上げようとしても、びくともしない。20キロは軽く越えているだろう。こんなものを背負って、100キロ以上歩くっていうの? 私はイソイソと嬉しそうに出発準備をする彼を見て「こりゃ、かなりの変わりものだよ・・・・」と思った。対するカブ君はというと、ハードケース入りの高額な釣りざおを大切そうに抱えているが、バックパックは遠足用のリュックサックかと思うほど可愛らしく、頼りなげなものだった。
「オレの目的は釣りであって、トレッキングじゃないからね」
はあ、そりゃそうですけど・・・大丈夫かいな。こうして私は変わりモノの男性2人とホリフォードを歩くことになったのである。

VOL.11へ続く

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次 Vol.11