エコツアー大賞
著者プロフィール

吉田千春(よしだちはる)

吉田千春

フリーライター。海外旅行業界紙の記者を経て、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後は、国内外のガイドブックやロングステイ関連本の取材・製作などに携わる。ワーホリ時代にハマったトレッキングが本格化し、ここ数年は冬山も通っております。

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ニュージーランドハイキング vol.11

ホリフォードで泥にまみれる

ホリフォードトラック編 その2


 ホリフォード・トラックのスタート地点は、ホリフォード川に沿って続くホリフォード・ロードの突き当たりにある(ニュージーランドに限らず英語圏の国の地名や川や山の名前というのは、実に単純でそっけないものだ。町や道の名を示す標識を見て『そのまんまや!』と無言でつっこんだことも数知れず、である)。

 入り口のそばの駐車スペースにカブ君の車を停め、我々は歩く準備にとりかかった。靴のひもをていねいに結び直し、バックパックのウエストベルトをキュッとしめ、ストラップをひとつずつ調整していく。トレッキングの初日はこうした準備がまるで大切な儀式のように感じられ、緊張と期待で胸が躍る。

 歩き始めは吊り橋だった。橋を渡ると日本の林道のような、広い道が伸びている。「これがトラック?」と驚いたのもつかの間、道はあっという間に細くなり、湿った薄暗い森の中へと我々を導いた。湿地帯を越えるための木道が大きな岩の側面に固定されている。淀んだ湿地帯のせいか、どこか陰気な印象の森だ。

ホントなら、こんな風に美しい水をたたえるホリフォード川

 湿地帯を越えると、道は比較的明るくなった。左手にはホリフォード川の清流・・・ではなく、黄土色の水をうねらせながら、ゴーゴーと音を立てる激流が見えていた。昨日、この辺りで大雨が降ったに違いない。私は水量の多さと水流の速さに言葉を失い、この川の側を歩いて大丈夫かなと不安になった。

 だがカブ君と周一さんは「うわ、こりゃすごいな」と苦笑いしながら、森の中へと歩き出している。川を横切るわけではないし、トラックと川面も離れているから大丈夫だろう。私は気をとりなおし、この川を中国の黄河と思って楽しむことにした。

 それにしても、釣りのためにやってきたカブ君が怒りもせず悔しがりもせず、平然としているのが不思議だった。もしや秘策でもあるのかと思い「こんなに川が荒れても釣れるものなの?」と聞くと、彼はちょっと馬鹿にしたように鼻で笑って「いや、無理でしょう」と応えた。「やっぱり。せっかく来たのに残念やね」。私がオバちゃんのように彼を慰めようとすると、彼はまた鼻で笑って「こんな日もありますよ」とクールに言うのだった。

 

山男の本領発揮

 トラックはアップダウンがほとんどなく、岩や木の根に悩まされることもなかった。だが雨のせいか、かなりぬかるんでおり、ブーツには粘土質の泥がまとわりついた。我々は次々と現われる水たまりをよけて、ていねいに歩いていたが、そのうち先頭を歩く周一さんが「あーもお、めんどくせー」と言い放ち、泥沼のような巨大な水たまりがあっても、わき目もふらずズカズカと一直線に歩くようになってしまった。

 私とカブ君は、「お、男らしい・・・」と呆気にとられながら、水たまりをよけて右へ左へピョンピョンはねながらついていく。たが、小さな沢を越えるうちに靴の中が濡れてしまったので、しまいには3人とも靴をズブズブいわせながら、男らしく一直線に歩くことになった。

 やがて右手に「ヒドゥン・フォールズ」という滝へ続く小道が現われた。奥まった場所にあるため、ヒドゥン・フォールズ(隠れた滝)という名がついているのだろう。小道を2分ほど歩くと、高さはないが、水量の多い美しい滝が見えた。放射状に広がる水しぶきが、まるで霧のように柔らかく降りかかる。「あ~気持ちいい~」。だが、ずっと立っていると服までビショ濡れぬれになりそうだ。我々は早々に引き上げ、分岐点から5分ほどの場所にあるヒドゥン・フォールズ・ハットへとたどり着いた。

 DOCで買った1ドルのトラック・ガイドを見ると、入り口からこの山小屋までは3~4時間の行程とある。だが、我々が歩き始めてからまだ3時間もたっていなかった。先頭を歩いた周一さんのペースが速かったため、私とカブ君のペースも自然と早くなっていたのだ。

 

薪より熱く燃える男たち

私と周一さん。連日の雨で薪が湿気ていてなかなか燃えず、大変だった

 ヒドゥン・フォールズ・ハットは、私にとっては初のグレートウォーク以外の山小屋であった。ルートバーンやミルフォードなどの山小屋と比べると確かに規模は小さいが、別に不便はなさそうだ。一番奥には20人用の二段ベッドがあり、簡素なテーブルと椅子、水道、薪のストーブがある。山小屋の外側には薪の保管場所と、足や顔を洗う水場があり、数十メートル離れたところに簡易トイレが設置されていた。

 この日はほかに誰も現われなかったので、山小屋は我々の貸し切り状態になった。夕食にインスタントのパスタを作って食後のコーヒーを飲んだ後は、めいめいの話に耳を傾け、ゆったりと過ごす。カブ君と周一さんはどうやらウマが合うらしい。2人ともキャンプ好きなことが分かり、互いのキャンプ経験やキャンプ道具についてうれしそうに語り合っている。

 やがて、冷え込む前にストーブをつけようと薪置き場に薪を取りに出かけたカブ君が、大きな声を出した。「はっはっは、コレ、やべぇー!」

 なんとすべての薪が雨でぐっしょりと濡れていたのだ。真夏とはいえ山の中のこと、夜更けになれば気温はヒトケタになってしまう。笑いごとではないのだが、ここで思わず笑ってしまうのが彼の性格なのだろう。周一さんも薪を見て「あー、こりゃマズイな」と顔をしかめている。当時の私は、自分で火をおこしたことがなかったので、薪を見てもどの程度ヤバくマズイのかが理解できず、オロオロするのみだった。

 だが、この濡れた薪が彼らのキャンパー魂に火をつけたのである。カブ君はストーブの前に陣取り、焚き付けに火がつくと同時にストーブの窓に顔を寄せて、すごい勢いでブワーッと空気を送った。が、薪が水分を含んでいるのでシューシューという音とともに白い煙がもわもわと立ち昇り、あっという間に火が消えてしまう。熱いし、煙たいし、大変な作業である。彼は根気強くそれを何十回も繰り返した。

「よし、俺が代わろう」。疲れたカブ君の代わりに周一さんが挑戦を始める。しかし、なかなか事態は好転しない。
「あっ、もうちょっとなのに」
「ダメか。チクショー、もう一度!」
「この野郎、意地でもつけてやる!」
 薪より早く心身ともに燃え上がった2人は「熱血・焚き火男」と化し、煙で涙目になりながら1時間以上フーフーボーボーやり続け、見事、濡れた薪に火をつけて一夜の暖を手に入れたのである。真剣な眼差しの2人が代わりばんこにストーブを吹きあう様子は、まるで何かのスポーツ競技か宗教儀式を見ているようであった。で、その間私が何をしていたかというと、2人があまりにプロフェッショナルな雰囲気だったために「ねーねー、私もやってみた~い」とは到底言えず、しょうがないので(えっ?)優雅にコーヒーを飲みながら、「がんばれー」と応援していたのだった。

 夕方から降り始めた雨は、夜中に豪雨に変わった。屋根にあたる大粒の雨がバタバタバタバタとすさまじい音をたて、どこかに落雷するバシャーンという音がひっきりなしに響く。
寝袋の中で風と雷と雨の音を聞きながら私は、もし、この山小屋が嵐によって陸の孤島になってしまったらどうしようと考えてみた。だが、ちっとも恐いとは思わなかった。もし自分1人だったら不安で寝つけなかったかもしれない。でも今回はこれだけ頼もしい2人と一緒なのだから、何があっても何とかなるのではないか。事実、薪が全部濡れていても彼らは火をつけてくれたではないか。私は単純に彼らを尊敬し、自らの好運に感謝して深い眠りについた。

 この夜の私はまだ、山に入った以上、自分の行動は自分で責任をとらなくてはならない、ということに気付いていなかった。だがこの2日後に起こったあるアクシデントによって、この甘えた考えは徹底的に鍛え直されることになる。

VOL.12へ続く

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次 Vol.12