エコツアー大賞
著者プロフィール

吉田千春(よしだちはる)

吉田千春

フリーライター。海外旅行業界紙の記者を経て、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後は、国内外のガイドブックやロングステイ関連本の取材・製作などに携わる。ワーホリ時代にハマったトレッキングが本格化し、ここ数年は冬山も通っております。

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ニュージーランドハイキング vol.13

山奥から8時間! 一路テアナウへ

ホリフォードトラック編 その4


 皮肉にも空は青かった。今回一番のトレッキング日和だった。
午前9時半頃、私とカブ君は山小屋を出発し、出口に向かって歩き始めた。昨日の雨で濡れた森が、朝の陽射しを受けてキラキラと輝いている。その美しい森をロクに見もせず、何も考えず、ただ歩くしかなかった。
 私はポリプロのタイツの上にショートパンツを重ねてはき、タイツごしに火傷の患部に水筒の水をチョロチョロかけながら歩いたのだが、これは我ながら名案だった。タイツが湿布の役割を果たしてくれたからだ。濡れたタイツは患部全体を冷やしてくれるし、外気からも守ってくれる。それに足にフィットするので、患部が布で擦れることもなかった。もし綿の長ズボンだったら、足を動かすたびにジェル状になった患部が固い布で擦れて激痛が走ったことだろう。本当にタイツさまさま、であった。

 

歩かないとどうしようもない

 「火傷をしたら、とにかく水道の水を流しながら冷やしなさい。痛みが消えても30分は冷やし続けないとダメ」。家で小さな火傷をするたび、母にこう言わて風呂場に連れて行かれたものだ。持っていた救急道具は何の役にも立たなかったが、とにかく患部を水で冷やしさえすれば、なんとかなるんじゃないかな、と私は信じていた。
だが、ポリプロのタイツは幸か不幸か、濡らしてもすぐに乾いてしまう。水をかけて3分もしないうちに、太もも全体がチリチリと燃えるように痛み出すのだ。痛みに耐えられず水をひっきりなしにかけているうち、とうとう水筒の水が尽きた。
 痛くて歩けない、と言いたかった。だが歩かないとどうしようもなかった。携帯電話はおろか、公衆電話も無線もない山の中に勝手に入って勝手にケガをしたのだから、誰にも文句は言えない。それに、たとえ救急車を呼べたとしても、車がこんな山の奥地に来れるわけはなく、結局、我々が車を停めているホリフォード・トラックのスタート地点までは歩かざるをえないだろう。
「同行者のカブ君におぶってもらったら?」と思う読者もいるかもしれない。そうですねえ~。私をおぶって歩ける人は世の中にあまりいないと思いますよ(←遠い目)。それなら私のようにフクヨカではなく、ヒトサマから「細っ!」と言われる人だったら? あるいは甘え上手なおネエちゃんだったとしたら?
うーむ。やっぱり無理である。たとえ私が体重40キロのスレンダーな女性で、「おぶってくれないとぉ、ちはる~、歩けないしい~」とか言ったとしても、言われた方は地獄絵巻だ。40キロの人をおぶって山を7時間あるくなんざ、普通の人にできることではないし、多分、自分で歩いた方がよっぽど早い。
・・・というわけで、私は岩清水や沢の水を水筒に汲み、男らしくバシャバシャ両足に浴びせながら、一心不乱に歩きつづけた。とにかく早く病院に行かなくては。不思議なことに、怠け者の私が立ち止まる気にもならなかった。

 

診療所で思わずホロリ

 出口についたのは午後4時前だった。私を病院に届けるために、休憩もそこそこに一緒に歩いてくれたカブ君に申し訳なく思い、「ホントにごめん。運転する前に少し休んでくれていいから」と言うと、彼は「ははは」と苦笑いし、何も言わずに車をすぐに出してくれた。
 走行距離43万kmのオンボロ車「カブ号」は約100kmの道を飛ばしに飛ばし、我々は5時過ぎにテアナウの小さな診療所にたどり着いた。診療所は既に閉まっていた。だがノックして出てきた女性に火傷の患部を見せると、彼女は小さな悲鳴をあげ、すぐに中に通された。
左右の太ももに、それぞれ長さ20センチ、幅10センチのドロドロの皮膚が広がっている。先生はそこから膿を丁寧に取りのぞき、表面を消毒し、そして保護のためセカンドスキンと呼ばれる薄いシートを張ってくれた。そして痛み止めの薬を出し、消毒が必要だから毎日、通院しなさい、と言った。
私はホッとするのと同時に冷静さを取り戻し、自分のバカさ加減に落ち込んだ。太ももには巨大なケロイドが一生残るに違いない。もう2度と人前で水着やショートパンツ姿にはなれないだろう。なんてバカなんだろう。おっちょこちょいにもホドがあるよ・・・。
うつろな顔をしていた私の心を読んだのか、先生はこう言った。「キミは、今は信じられないかもしれないけど、この火傷の跡は多分、きれいに消えてなくなるよ。絶対、とは言えないけれど」。そして私がタイツ越しに水をかけながら山の中を歩いてきたことについて「本当によくやった。適切な処置だったよ」と誉めてくれた。ああ、母の言葉は正しかった。私はその言葉を聞いて、その日初めて泣きそうになった。

VOL.14へ続く

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