エコツアー大賞
著者プロフィール

吉田千春(よしだちはる)

吉田千春

フリーライター。海外旅行業界紙の記者を経て、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後は、国内外のガイドブックやロングステイ関連本の取材・製作などに携わる。ワーホリ時代にハマったトレッキングが本格化し、ここ数年は冬山も通っております。

このページに関する問い合わせはコチラ

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次 > Vol.14

ニュージーランドハイキング vol.14

いざ!グリーンストーン&ケープルズトラックへ

グリーンストーン&ケープルズ・トラック編 その1


 太ももの火傷跡からは、毎日イヤになるほど膿が出た。
セカンドスキンと呼ばれる、患部に貼られた薄い透明なシートの下で黄色い膿がタプタプと揺れている様子は、我ながら気持ちの悪いものだった。だが、診療所で膿を処理してもらうのは嫌いではなく、むしろ楽しみのひとつになった。
 えー、つまりですね、先生がセカンドスキンに注射器を刺し、皮膚との間にたまった膿を吸い出してくれるのだが、小さな注射器が次々と濁った膿で満たされるのが、なかなかおもしろかったのだ。「今日は注射器3本分か。なんかあたしってスゴイな!」なんて、妙な達成感を感じたりして。
 とはいえ、膿を取った後は必ず、セカンドスキンを患部からはがして患部の消毒を行うので、膿が入った注射器を見て悦に入った直後、うぎゃあああと声にならない悲鳴をあげているのが常だったが。

 こんな足では当分トレッキングにも行けない。私は気晴らしにテアナウ・バックパッカーズに遊びに出かけ、すっかり仲良くなった長期滞在者たちとバカ話にふけこんだ。
「えっ、サンドフライ叩こうとして火傷?」
「そーやねん。手に止まったから、ヤバイ!思て右手で左手バーンて叩いたら、手に持ってた紅茶どわーってこぼしてん。アホやろー」
 大阪での生活が長かった私にとって、ここは「うわ、なんやソレ、アホやなあ」と呆れてもらうべきところであった。だが仲間の1人、工藤さんの反応は、こちらが拍子抜けするくらい誠実なものだった。
「そうか、火傷か。実は俺も昔ひどい火傷をしたんだけど、跡はきれいに消えたんだ。だから心配しなくても大丈夫だよ。ホラ、ここに火傷したんだけど、全然分からないだろう?」
 手首を見せながら、火傷跡は消えると主張する彼の優しい慰めに、私は「そっか。じゃ、あたしのもそのうち消えるかな」と応えたものの、こんな大きな火傷跡が消えるわけないよと心の中で屈折した。

 

待ち合わせは山小屋で

 ところが、である。人間の回復力、恐るべし! 
 数日間、大量の膿を出し続けた火傷跡は、10日目を過ぎた頃から少しずつ乾いてきた。こうなれば、後は新しい皮膚が生まれるのを待つのみで、消毒のために診療所に毎日通う必要はない。私は工藤さんとホリフォードから帰ってきていた周一さんとの3人で、3泊4日の日程でグリーンストーン&ケープルズ・トラックに挑戦することにした。山から離れた2週間のなんと長かったことだろう。

 グリーンストーン&ケープルズ・トラックはフィヨルドランド国立公園とマウント・アスパイアリング国立公園にまたがるループ状のトラックだ。2つのトラックはルートバーン・トラックとも接しており、2つのルートを続けて歩くこともできる。
 フィヨルドランド国立公園側のスタート地点はザ・ディバイドだ。キーサミットを経てハウデンハットへ下るまでは、ルートバーン・トラックとまったく同じ。ハウデンハットから左に進めばルートバーン、右に進めばグリーンストーン&ケープルズとなる。
 工藤さんは既にバスのチケットを予約していたので、1人早朝に出発。私と周一さんは朝8時半頃、ヒッチハイクでディバイドへ向かい、工藤さんとは1軒目の山小屋マッケラー・ハットで落ち合うことにした。

 朝からテアナウのメインストリートであるミルフォード・ロードに立っていれば、必ずミルフォード・サウンド観光へ向かう車が見つけられるだろうと、タカをくくっていたら、なんと1台目が停まってくれた。礼を言って乗り込むとイスラエル人のカップルが「ガソリン代をシェアしてほしい」と言う。なんだか騙された気分になったが、お互いセコイ者どうし和解しあい、これまたセコく、2人で5ドル程度のお金を払うことにした。

 

キーサミットの悪魔のささやき

 久しぶりの山歩きである。私は心が躍り、ウキウキと歩き始めたのだが、ディバイドからキーサミットまでの道はやたらにキツかった。
 2週間ぶりだからではない。2人とも前の晩に酒を飲みすぎたのだ。周一さんは例によって4歳児が3人入りそうなバックパックを担いでおり、10歩進んではハアハアと息をきらして立ち止まる。そして私も。1カ月半前ならいざ知らず、最近なら「楽勝!」と思える程度の坂道なのに、ああ情けなや、ヨタヨタである。2人の体を流れ落ちる汗は、きっとアルコール成分たっぷりだろう。歩くたび、淀んだアルコールが音をたてて蒸発していくようだ。
 キーサミットの分岐点に着く頃、ようやく体が軽くなったので、我々はキーサミット頂上でひと休みすることにした。空は霞んで景色はよくなかったが、とりあえず座って休むには最高の場所だ。そこへ顔見知りのコロミコ・トレックのガイドOさんが「よう、どこ行くの?」と近づいてきた。
「こんちは。今日はグリーンストーン、ケープルズに行ってきます!」
 私が意気揚揚と言うと、彼は「グリーンストーンとケープルズをそのまま歩いてもおもしろくないから、スティール・クリーク歩いてきたら」と言う。
 はて。スティール・クリークですか。どれどれ.....と1ドルのコース・マップを広げると、スティール・クリークとは、グリーンストーンとケープルズの真ん中を突っ切る細い道のことであった。
「あのー、Oさん。これってトラックじゃなくてルートですよねえ」
「大丈夫だって。行ってこいって!」
「でも、ルートなんか歩いたことないんです。私、初心者ですもん」
「大丈夫。結構いろいろ歩いてるやん。行ってこいって、景色いいし、おもしろいし、普通に歩くより全然そっちがいいって」
 彼が執拗にスティール・クリークを勧める理由は分からなかったが、周一さんはニコニコして、見るからに行きたそうだ。彼は山に慣れているし、工藤さんも山男らしいから、彼らと一緒なら大丈夫かもしれない。
「そこまで言われるなら。分かりました。そっち行きますわ」
 Oさんは「よしよし、分かればいい。ホントに行けよ」と念を押した。その時、彼が悪代官やスパイのようにニヤリと笑ったかどうかは定かではないが、我々はこのOさんのいたずら半分の提案によって、2日後、地獄と天国が混在する試練の道を選ぶことになった。

VOL.15へ続く

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次 Vol.15