エコツアー大賞
著者プロフィール

吉田千春(よしだちはる)

吉田千春

フリーライター。海外旅行業界紙の記者を経て、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後は、国内外のガイドブックやロングステイ関連本の取材・製作などに携わる。ワーホリ時代にハマったトレッキングが本格化し、ここ数年は冬山も通っております。

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ニュージーランドハイキング vol.15

グリーンストーン・スタスタ歩き

グリーンストーン&ケープルズ・トラック編 その2


 ハウデン・ハットを超えたあたりから、ようやく調子がでてきた。
 キーサミットを登って、たっぷり汗をかいたのがよかったのだろう。朝、ずっしりと重く感じた体が、自分の意志にテキパキと反応し始める。
 ザ・ディバイドからハウデン・ハットまでの道では、小さな滝や黄緑色のコケに覆われた地面、オレンジや黄色のグラデーションが美しいシダの新芽など、瑞々しい風景が断続的に続いている。だがハウデン・ハットから先は、これといって見どころのない、乾いた森が広がっていた。右手にハウデン湖を見ながら、小さな丘をいくつか越えていく間、私は森でも湖でもなく、先を歩く周一さんの登山靴だけを見ていた気がする。山男である彼の歩くペースについていければ、自分もいっぱしのトレッカーになった、と言えるのではないか。そんな気がしたのだ。

グレートウォク吊り橋
グレートウォークではなかなか見られない心もとなげな橋。もちろん定員はひとりです


 右、左、右、左、テンポよく進む彼と歩調を合わせ、私は彼の靴の行方だけに集中した。小さな岩場、大きな木の根、ぬかるんだ湿地。次々と現われる小さな障害物が、すべて自分の課題に見えた。次はどこに足を置けばいいか、いかにこの岩場を立ち止まらずに登るか。彼の足の動き方にその答えがあった。
「千春さん、歩くの速いね」
 ふいに彼が後ろを振り返って苦笑いする。「女の人だからゆっくり歩くのかと思ったら、すごいペースでついてくるから焦ったよ。俺、結構歩くの速いんだけどなあ」

足の動きを見ようと追いかけていただけなのだが、ま後ろを同じペースでついて来るので、彼はいつも以上に早足になったらしい。異様な早足でスタスタ、スタスタ山の中を歩く日本人の男女は、他の登山者には、かなり不気味に映ったことであろう。
 それにしても、人間にバックミラーがついていなくてよかったと思う。もし車を運転する時のように後ろの様子が見えたなら彼は、超真剣な目つきで後ろを追いかけてくる私に、おののいたに違いない。

 

アウトドアおたくの人々

 ハウデンハットから約2時間。この日の宿、マッケラーハットに到着。朝早く出発していた工藤さんは既に自分の家のようにくつろいでおり「おお、来たか」と、紅茶を入れてくれた。山小屋で待ち合わせというのも、なかなかオツなものだ。
 服を着替え、2段ベッドに自分の寝袋を広げて自分の寝場所を確保すると、周一さんはルートの変更について工藤さんに意見を求めた。
「なんでもこっちの、スティール・クリークを抜ける方が断然おもしろいそうですよ。トラックじゃなくてルートですけど」
「ほう。じゃ、そっちに行ってみるか」
 話は簡単にまとまった。明日はミッド・グリーンストーン・ハットまで歩き、その翌日にグリーンストーンとケープルズの中央を突っ切るスティール・クリークを抜け、アッパー・ケープルズ・ハットに宿泊。次の日にディバイドまで戻る。当初の予定より1泊短い3泊4日の行程だ。

バックパック
荷物の大きさの差に注目! 私(右)の荷物でも10数キロはあるのですが、隣の人のは一体?

翌朝、私は支度を終えた工藤さんの姿を見て、やっぱり、と思った。彼のバックパックも周一さんに負けず劣らず巨大だったのだ。これまた20キロは軽く超えているだろう。いったい、何をどうすれば、荷物がここまでデカくなるのん? いかに荷物を減らし、負担を軽くすることばかりを考えていた私にとって、彼らのバカデカ・バックパックは理解の範疇を超えていた。しかも彼らはかなりのアウトドアおたくで、会話の内容が私にはちっとも分からないのであった。
「あ、グレゴリーの旧ロゴですね」
「そういう周一君のはデイナ・デザインじゃないか。どうだい使い心地は?」
「いやあ、僕はこれ無しには山にいけないですね。ほらここをこうすると、ヒップベルトがウエストポーチになって・・・あ、工藤さんの靴、AKU?」
「そう。これはアメリカの通信販売で買ったんだよ。日本より安いから」
「へえ、すごいなあ。あ、BE-PALのカメラホルダーだ」
「そうなんだよ。ハハハ。あ、それはパック・タオルだね」
「そうなんです。便利ですよ。あはは」
うーん。BE-PAL以外は全然分からん。世の中にはいろんなマニアがいるものである。

 

山小屋で至福の時間を過ごす

グリーンストーンバレー
絵のような風景というのはこういうのを言うんでしょうね。グリーンストーン・バレーの絶景

 工藤さんの歩くペースも速かった。アップダウンが少なくなった分、前日以上にスピードがあり、私は小走り状態で歩かなくてはならなかった。しかも彼らは、私が興味を示す花や岩や川や鳥にまったく目もくれず、さっさと歩き続けるのだ。緑のコケに覆われた岩が連なる美しい道にさしかかっても、立ち止まりもしない。足元の岩がまるで川のように視界を流れてゆく。
「ねえ、この石、緑色で綺麗!グリーンストーンの名前の由来かなあ」
「うわあ、この花、かわいい」

 私は声をあげて、2人の歩くペースを少し落とそうとしたが、2人は「あ、ホント。きれい」と言うだけで、全然歩調をゆるめてくれない。うう、これはたまらん。まったく景色を楽しめないなんて、歩く意味がないよ・・・。

山小屋で一杯
山小屋では酒を飲まねば! この幸せのためなら重いお酒も背負って歩けるというものです

 小さな丘を越えると、潅木がびっしり生えた迷路のような道があり、その先に美しい谷、グリーンストーン・バレーが現われた。タソックに覆われた地面が前方にまっすぐ広がっている。
 ようやく彼らがペースを落としたので、ここからは羊や牛のフンをよけつつ、小川を越えながらのんびり先へと進んだ。右手にはグリーンストーン川の流れ。どうしてこうも川が澄み切っているのだろう。谷の中で食べる熱いコーヒーとサンドイッチがいっそうおいしく感じられる。
 この日の歩行時間は5時間。宿泊場所のミッド・グリーンストーン・ハットは小高い丘の上にあった。ベランダからなだらかな緑の斜面が見下ろせる、気持ちのいい小屋だ。辺りには人工物はおろか、人の姿も見えない。きっと1000年前に訪れても、同じ景色が広がっていただろう。それは自分にとって、人気のテーマパークやおしゃれな街よりも贅沢で、夢のある場所に思えた。

 その日、我々はベランダで工藤さんが持ってきたワインを飲みながら、夜遅くまで過ごした。丘の上のちっぽけな山小屋で、山の切れ間に広がる空が水色から白、ピンク、藍色へと変わっていく様子を眺める。それは私が、山歩きの至福を知った夜でもあった。

VOL.16へ続く

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次 Vol.16