エコツアー大賞
著者プロフィール

吉田千春(よしだちはる)

吉田千春

フリーライター。海外旅行業界紙の記者を経て、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後は、国内外のガイドブックやロングステイ関連本の取材・製作などに携わる。ワーホリ時代にハマったトレッキングが本格化し、ここ数年は冬山も通っております。

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ニュージーランドハイキング vol.16

地獄?天国?スティール・クリークをゆく

グリーンストーン&ケープルズ・トラック編 その3


ちはるさん(仮名) 突然ですが質問です! 山で迷わない方法ってなーんだ。
けいこさん(仮名) そうだねえ。登山道を外れないことかな。
ちはるさん じゃあ、登山道がなかったら?
けいこさん うーん。地図で調べる。
ちはるさん それが使いものにならなかったら?
けいこさん そんなとこ最初から行かなーい。

 フン、弱虫め。だが確かに、けいこさん(仮名)の言うことにも一理ある。今考えれば、「そんなとこ」にイソイソと出かけた我々は、チャレンジャーだった...というより大バカであった。
 グリーンストーン&ケープルズ・トラックを歩き始めて3日目、我々はループ状のトラックの真ん中を突き抜けるルート、スティール・クリークへ向かった。で、この道こそがロクな登山道もなければ、地図も使いものにならない場所だったのだ。私にとっては初の「ルート」挑戦だったこともあり、この朝のピリッとした緊張感はちょっと忘れられない。

 小さな吊り橋を渡って森へ入ると、それほど道は荒れていなかった。確かに道は細いが、踏み跡というほどでもない。それに、ところどころ木の幹に道しるべとして、オレンジの三角マークがつけられている。
 これなら大丈夫かも....と思ったのは最初の15分だけだった。すぐに道は無数の木の根にかき消され、道しるべも、あったりなかったりでアテにならない。 だが、今回は山男2人と一緒。心強さは格別だった。実際、我々はまったく迷うことなく、特殊部隊のような勢いで森の中を進んだのである。先頭を歩く周一さんは、踏み跡が見えなくなるたび辺りをぐるりと見渡し、「あっちだ」と軌道修正する。内心疑いながら後ろをついて行くと「はーい、当たりでーす」と言わんばかりに、道しるべや踏み跡が現われるのだった。

 30分も歩くとアップダウンが激しくなってきた。傾斜40度はあろうかという急な坂道をズカズカと登っては下り、垂直の小さな土手をモソモソとずり上がってはずり下りる。木の根や岩をつかんで這いつくばるので、顔も服も泥だらけ。まるでリポビタンDのコマーシャルのようだったが、私は楽しくてしょうがなかった。次は? ほお、この土手か。やるなおぬし。ぬふふふ。 セリフは越後屋っぽいが、気分は風車の弥七であった。

 

恐怖のリバークロッシング

 やがて森の切れ間からスティール・クリークが現われた。黄緑の鮮やかな芝生の上でタンポポによく似た黄色い花が風にゆれている。その中を流れる小川は、まるでグリム童話の舞台のようだ。

「いやあ、このルートに来てよかったなあ」
「ちくしょー、ここでキャンプしてえなあ」
 周一さんと工藤さんが顔をほころばせる。本当だ。来てよかった。こんな絵に描いたような美しい場所が、世の中に存在することを知ったのだから。 結構、この道楽しいね。他に誰もいないし、穴場だな、うんうん。 すっかり気分を良くした我々は、川沿いの道をハイキング気分で歩いた。
 だが案の定、である。道が突然なくなった。目の前には潅木の密集地帯が広がり、枝が固いため前に進めない。

「俺、道を探してきますよ」  
巨大バックパックをおいて、周一さんは犬のように走り出す。その体力に呆れながら、私は助かったと思った。こんな所では地図なんてちっとも役に立たない。頼りになるのは山の経験と勘だけではないか。もし1人でここに来ていたら、と思うとぞっとする。
 もうひとつ、ぞっとした事があった。川越えだ。私は幅3~4メートルの小川など恐くなかった。だが、いざ水に入ると意外に深く、背の低い私はおしりまで水に遣ってしまった。川幅が狭い分、流れも速い。
「千春さん、ザックのウエストベルトを外さなきゃ」
 転んだ時に荷物の重さで川底に沈まないよう、川を渡る時はザックのウエストベルトを外すのが常識だという。私は言われる通りにし、先に渡った周一さんに習って、川の真ん中までスタスタと歩いた。だが、そこから前に進めなくなってしまった。どこに足を出しても転ぶ気がしたのだ。どうしていいか分からず、立ち往生しているうちに、水の勢いと冷たさがジワジワと恐怖にかわる。10数キロのザックが背中でグラグラ揺れ、不安定この上ない。ええい!知るか!と、やみくもに足を踏み出した途端、私はバランスを失った。が、コケる手前で、周一さんに腕を掴まれ、引っ張りあげられた。
「........恐」。
 小川あなどるべからず。私は川の恐さを知り、しばらく動揺を隠せなかった。

 

もーイヤ、地獄の山登り

 昼食後、視界の開けた河原にたどり着いた。だが、ここは森より数倍疲れる道だった。炎天下、太陽からの逃げ場がないし、自分の背丈ほどの大きな岩を登ったり下りたりして進まなくてはならない。重いバックパックをかついでいるので、足の置き場を間違えると足首がぐにゃりと曲がりそうになるのも怖かった。
 数十分この河原と格闘した後、ようやく浅瀬を越える。いつの間にか正面と右側に山が立ちはだかり、山の手前に、草地で覆われたなだらかな丘があった。1ドルマップを見ると、どうやらここから山を越えるようだ。だが、いったいどの山を登れというのだろう? ロクな目印もない山の中で、マップに記された大ざっぱな点線は、この上なく無責任ものに思えた。
「ここを登って山を越えるんだよね?」
「だと思うんですけど」
「あっ、あんな遠くにポールがある」
「えーっ、あそこかあ。ハハハ。きついなこりゃあ」
 工藤さんは、はるか彼方にポツンと立っていた道しるべを見て苦笑いしたが、私は既に笑う余裕がなくなっていた。呆然とする私をみて、工藤さんは励ますように言った。
「とにかく行こう。もう終盤だし、ここからは坂が緩やかだから楽だ」。
 だが、ここも辛い道だった。斜面には太ももまで覆う硬い葉の植物がびっしりと生え、我々の行く手を阻んだ。しかも地面は凹凸が激しくスポンジのように柔らかいため、一歩ずつ我々の足を沈ませ、体力と気力を奪う。そこへ、斜面に群生するデイジーが拍車をかけた。剃刀のような鋭い葉が我々のふくらはぎや、むこうずねをひっかき、血が滲みだす。いくらルートとはいえ、こんな所を歩かせるなんて...。なんなんだ、ここは!
「ごめん。少し休んでもいいかな」
 疲れが頂点に達した私は彼らの返事も待たず、とうとうその場にへたりこんでしまった。

VOL.17へ続く

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次 Vol.17