エコツアー大賞
著者プロフィール

吉田千春(よしだちはる)

吉田千春

フリーライター。海外旅行業界紙の記者を経て、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後は、国内外のガイドブックやロングステイ関連本の取材・製作などに携わる。ワーホリ時代にハマったトレッキングが本格化し、ここ数年は冬山も通っております。

このページに関する問い合わせはコチラ

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次 > Vol.17

ニュージーランドハイキング vol.17

一難去ってまた一難。スティールクリークからケープルズへ

グリーンストーン&ケープルズ・トラック編 その4


 山でへたったのは初めてだった。
 心配そうな2人に何かを言う余裕もなく、私は放心状態でその場に座り込んだ。頭によぎるのは、「なんなんだ、この山は!」という言葉ばかり。だが、10分ほどそうしていると、気持ちが落ち着いてきた。どっちにしろ、ここにいつまでも座っているわけにはいかない。前か後かへ進まなくてはどうしようもないのだ。

「よし、行きますか」
 再び3人で歩き出す。足が地面にズブズブ入り込む、最悪のコンディションは変わらなかったが、休んだことで気持ちは少し楽になった。
「きっと、あそこがピークだろう。どんな景色が広がっているんだろうなあ」
 工藤さんは時おりそんなことを言って、我々を励ました。だがピークに見えた場所は単なる通過点に過ぎず、近づいていくと、その後方にさらに高い山がそびえているのだった。
「まじかよー!」
「うそだろーお、またニセ・ピークかよ」

スティールクリーク
スティールクリークの7時間の登りが終了! 達成感から異様にさわやかな笑顔を見せる周一さんと工藤さん

 もう、こうなりゃやけくそだよ。我々はその後もダラダラと、しかし一歩ずつ登りつめ、とうとう目標地点に到達した。それはピークではなくサドルだったが、我々が通るべき最高地点には変わりなかった。

「着いた...」


 全員、それぞれ声にならないオタケビをあげる。サドルからは今まで歩いてきた谷と山の斜面が見渡せ、我々はこんな距離を歩いてきたのかと驚かされた。
 残念ながら、後の行程を考えるとのんびりしていられなかったので、早めに下りることにする。山を下りればケープルズ・トラックに合流するはずだ。今までダラダラ続いた登りが嘘に思えるほど、反対側は急な斜面だった。
 油断するとあっという間に数百メートル滑落しそうだ。相変わらず道らしき道はなく、頼みははるか下に立っているオレンジ色のポールだけ。草花や土の段差を注意深く見ながら、足の置き場を探さなくてはならない。

グリーンストーン
この山の表面を、我々はかけずりまわったワケです

「ちくしょー。こんなところ歩かすのかよ。登山者を殺す気か!」
 周一さんが感情的に叫んだ。彼も疲れているのだろう。ずっと先頭を歩いてきた彼は、ルート・ファインディングのストレスもあるはずだった。それにどうも彼は下りが好きではないらしい。下りの方が好きな私はすっかり元気を取り戻し「まあまあ、頑張ろうよ。もう少しだよ、きっと」と、余裕をこいて彼をなだめていた。つい1時間前にへたりこんだ自分はどこいった?というくらいの回復ぶり。自分でも呆れる。
 真下に、広々とした緑の谷とその中を流れるケープルズ川が見えている。今日のうちに、あそこまで下りるのかと思うと、気がなえそうだ。すでに7時間歩いているため足も重く、いつも以上に坂道に手間取る。
 1時間近く下って、ようやく森の中に入った。すでに辺りは薄暗かったが、滑落の心配がなくなったこととゴール地点が近づいたことで、周一さんは調子を取り戻し、どんどん足早に進む。私もそれに続く。だが工藤さんがついてこない。彼は歩く速度が次第に落ち、しまいに「ごめん。先に行ってくれ。俺は自分のペースで歩くよ」と言った。彼もさすがに疲れてしまったらしい。そこから周一さんと私は森を走るようにして下り、この日の山小屋、アッパー・ケープルズ・ハットに到着した。

 この日の歩行は10時間。登りに7時間、下りに3時間という過酷なルートだった上、食事を簡単に済ませたため、その疲れといったら例えようもなかった。その晩、我々は山小屋でご飯を炊き、大量のスパゲッティを茹で、さらにまたご飯を炊いた。周りのトレッカーがおののくほど、食べて食べて食べまくったのである。

 

木漏れ日の森とズタズタの下りルート

 翌朝8時半、山小屋を出発。ケーブルズ・トラックを歩き始めた。なにしろルートを歩いた翌日である。川沿いに伸びるなだらかなトラックが遊歩道のように感じられた。
 道はブナの木漏れ日が美しい森の中へと入っていった。暑くもなく、寒くもなく、暗くもなく、まぶしすぎもしない。なんと美しい森だろう。ブナの切り株をみずみずしいコケが覆い、太陽の光を浴びてキラキラと光る。
その様子に魅せられて、私は何枚も写真を撮った。森の脇には小さな川が見え、心地よさそうな小さな河原が広がっている。まるで「ちょっと寄って休んでいきなよ」と川に声をかけられているようだ。昨日見た森もそうだったが、どうしてこの国の森はこうも素晴らしいのだろう。
「あ、鹿だ」
 工藤さんが森の中にたたずむ鹿を見つけた。こちらの気配に気がついて、トントントンと軽やかに去ってゆく鹿を見ながら、こんな森なら鹿も生きてて楽しいだろうな、と私は勝手に思った。
 天国のように思えた道は、やがて木の根が張り出してガタガタになり、足元をすくわれるようになった。数千、数万の木の根を苦労しながらまたいでいくと、道はやがて急な登りにさしかかる。
「なんだ、今日は楽な道じゃなかったの?」
 そう。今日も楽ではなかったのである。道はどんどん傾斜を増し、昨日と同じく岩をつかんで登るような道になった。だがキツイ傾斜を一気に登る道だけに、登り始めて1時間弱のうちに、我々はケープルズ・トラックの最高地点、マッケラー・サドルに到着した。

マウント・クリスティーナ
後ろにのぞく雪山がマウント・クリスティーナ

天気は快晴。抜けるような青空が広がっている。我々は昨晩作ったおにぎりをほおばりながら、遠くにそびえるマウント・クリスティーナ(2502m)を見つめた。なんと幸せな日だろう。楽勝じゃないか。
 しかし、ここからの下り道は地獄だった。トラックのくせにこの下り道はなぜか荒れ放題だったのだ。道と呼べる道がないし、倒木も多い。というわけで、再び、全身を使って岩をつかみ、木の根にへばりついて、ハーハー言うこと3時間。ようやく下りきった、とホッとしたら、池にかけられた橋が途中で折れて壊れていた。なんなのだ、いったい、この荒れぶりは!

 しょうがないので、オリャオリャと体育会系の気合を入れながら、池をずぶずぶ歩いて渡る。靴の中が水浸しになってしまったので、この後、私と周一さんは橋がかかっている川でも、わざわざ川の中を歩いて、おりゃおりゃ叫ぶという暴挙に出、工藤さんに「何やってんだ、お前ら。靴大事にしろよ」と怒られた。
「いーよ。こっちの方が楽しいもん!」
 ハイテンションになった私は、川のそばの草むらに寝転んだ。じりじりと刺す太陽の光もキンとした川の水も気持ちいい。ああ歩けてよかった。このトラックももうすぐ終わりだ。

 キツイ登山をした後の爽快感は、今までとはくらべものにならなかった。なんだかすっかりトレッキングにハマってきたなあ。自分が日々たくましくなっていくのがうれしくて、私は草むらの中で1人ほくそ笑んだ。

VOL.18へ続く

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次 Vol.18