エコツアー大賞
著者プロフィール

吉田千春(よしだちはる)

吉田千春

フリーライター。海外旅行業界紙の記者を経て、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後は、国内外のガイドブックやロングステイ関連本の取材・製作などに携わる。ワーホリ時代にハマったトレッキングが本格化し、ここ数年は冬山も通っております。

このページに関する問い合わせはコチラ

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次 > Vol.19

ニュージーランドハイキング vol.19

当たり?ハズレ?マナポウリトラックへ

マナポウリトラック編 その1


 1月初旬。私は焦っていた。2月からハイキング・ガイドとしての仕事が始まるため、今月末にはマウントクック入りしなくてはならない。テアナウで山に通える時間も、残り1カ月をきってしまった。

 山の初心者である自分がガイドになるからには、仕事前に少しでも山に慣れなくてはと思って始めた山歩き。その意味で11月からの2カ月は、まさに受験生の「短期集中講座」のようだった。日帰りハイキング、泊り込みのトレッキングとマメに通い、山と縁遠い人の一生分に相当する山行をこなしたといっても過言ではない。自分はある日プツンと壊れて、「キャハハハハハ」と不気味に笑いだすのではないかと思うくらい、山に通った。しかし、これが付け焼刃であることに変わりはなく、果たして自分にガイドが務まるのかという不安は、いつもつきまとう。
「とりあえず、やれるだけのことはやろう。えーい、こうなったらラストスパートだ。テアナウ周辺のトラックは全部制覇してやるっ!」
 インクレディブリー・シンプル・マインドなワタクシは(言いかえれば、ビックリするくらい単純ってことですが)、目の中に炎をメラメラと燃やして決意したのである。ええ、確か仁王立ちで。

 

フィヨルドランドの穴場トラックとは?

 次はどこに行こう。フィヨルドランド国立公園の中で、まだ完歩していないトラックは「ダスキー」と「ホリフォード」の2つだったが、ダスキーは技術的に無理だし、ホリフォードの往復は7、8日分の食料を持って歩く体力がない。結局、あそこのトラックへ行きました、このトラックも歩きましたと人に自慢したところで、上級者向けのルートを1人で歩ける技量はない。それが突きつけられた現実だった。

 仕方ないので、一度歩いたトラックに行こうかと考えていると、テアナウ・バックパッカーズのおばちゃんスタッフ、ドナが「マナポウリに行けば?」と教えてくれた。マナポウリとはテアナウの隣町なのだが、ここにトラックがあるという。やはり、地元の人はガイドブックに載っていない情報を知っているものだ。
「マナポウリ湖畔に道が伸びていて、シダがすごく綺麗なの。いいわよお~」
 大柄なドナは、丸い顔をさらにまん丸の笑顔にしてすすめる。どうやら相当お気に入りの場所らしい。

 さっそく、DOCで「マナポウリ・トラック」の1ドルマップを買う。地図を見ると、ループ状のトラックが2つ連なった不思議な形だが、それぞれのループの距離は短く、スタート地点から一番奥の山小屋まで歩いても3時間程度。またトラックのあちこちから、展望ポイントへと続く道が伸びているので、体の疲れ具合や天気によって歩くルートを変更できる。よし!ここに行ってみよう。

 ちょうど、オークランドで知り合ったヒロコさんという女性が、私のフラットに泊まりに来ていたので誘ってみると、彼女はトレッキングに挑戦してみたいと目を輝かせた。さらにヒマをもてあましていたカブ君と工藤さんも行くことになり、あっという間に男女2人づつのパーティに。とりあえず1泊2日の予定で出かけ、ヒロコさんが無理なく歩けるよう、その時の疲れ具合で、どのルートを歩くか判断することになった。

 

1泊2日のお気楽トレッキングへ

 翌日の昼過ぎ、カブ君の車でテアナウを出発、20分ほどでマナポウリに到着した。テアナウがテアナウ湖畔に広がっているように、マナポウリもマナポウリ湖畔にある。だが、町の規模はすこぶる小さく、数軒の住宅がバラバラと点在するのみだ。マナポウリ湖の端にある「パールハーバー」という名の港は「ダウトフルサウンズ・クルーズ」の出発地点であるため、朝と夕方には観光客を乗せた大型バスが出入りするが、それ以外の時間は実に静かなもの。マナポウリの住人は日中、どこで何をしているのかと不思議になるほど、ヒト気のない町である。

 パールハーバーに到着し、さあ、歩こうかと意気込んだところで、我々は「あれ?」と悩んでしまった。トラックのスタート地点へは、港の横から、湖に注ぎこむワイアウ川を越えることになっているのだが、橋がない。まさか、歩いて渡る? いやいやクルーズボートが着岸するくらいだから深いはず。もしかして、荷物をかついだまま泳ぐ? そんなアホな......。
 落ち着いて1ドルマップをよく読むと「マナポウリのアドベンチャー・チャーターという会社でディンギーを借りる」とある。
 まったくいい加減なものでこのトラックに難所がないと分かった途端、ワタシはもちろん、誰一人として地図もアクセス方法もロクに読んでいないのだった。食料だけはあふれるほど持ってきたくせに。なんとお気楽なパーティであろうか。

 港で聞くと、数百メートル離れた場所にアドベンチャー・チャーターのオフィスがあるという。行ってみると、何のことはない1軒の住宅だ。入り口にはカギがかかり「すぐ戻ります」との張り紙。のんびりとドアの前で待っていると、15分で家の奥さんが戻ってきた。
 マナポウリを歩きたいと伝えると「OK。これからボートを出すわ」と、奥さん。てっきり小さなボートをレンタルし、自分たちで漕いで対岸に渡るのだと思っていたら、そうではないらしい。港から対岸までモーターボートで送ってくれ、翌日はこちらが希望した時間に迎えに来てくれるという。きっと、あの奥さんが港で働くご主人に電話をかけて『今から日本人のお客が行くからね』と告げるのだろう。

 .......と思ったら、ハズレだった。彼女は我々の後ろから、バカでかい4WD車を運転して来て、港につくやいなや、モーターボートに軽やかに飛び乗り、バルルルルルルンとエンジンをかけ始めたのである。
「早く乗んなさい」
 か、カッコいい~。田舎の女性がなんとも素敵に見えるのはこんな時だ。男の仕事とか女の仕事とか、職業に先入観を持つ我々日本人は、なんと了見が狭いのだろう。それに、自分は彼女たちに較べて、なんと生活力がないことか。まったく恥ずかしくなってしまう。

 ボートに揺られたのは、ものの1分だった。「じゃ、また明日」と颯爽と戻っていく奥さんに礼をいう。小さなボートランプから数段の階段を上がり、ようやくマナポウリ・トラックとのご対面だ。
「うわあ、綺麗な道や~ん」と思わず叫ぶ私に、「こりゃ、楽勝だな」と工藤さん。いや、まったく。いい感じである。ブナの木立の中に伸びる、広くまっすぐな道。右手には青い湖が見渡せる開放感たっぷりのトラックだ。地面はところどころ泥でぬかるんでいるものの、道はまっ平らで申し分ない。
 ここではどんな景色に出会えるのだろう。テアナウで長期滞在しているトレッカーたちもほとんど歩いていないマイナーなトラック、しかも地元の人おすすめの穴場となれば、期待が勝手に膨らんでいく。

 しか~し! 歩いているうちに私は笑顔が消え、次第にイライラしてきたのである。歩けど歩けど景色に変化がない。アップダウンもない。至極平坦な道ばかりで、これじゃ森というより、公園の散歩だよ。はあ。
「この分だと、問題なく歩けるかな」
 安心したようなヒロコさんに、「ホント。気持ちいい道だねえ」と、ひきつった笑顔をみせる隠れマゾの私。ああ、簡単すぎて面白くない。スティール・クリークの道なき道とか、落ちたら死にそうな斜面が懐かしい.....。もはや、普通では我慢できない体になってしまったことを自覚しつつ、私は複雑な気分で歩きつづけた。

VOL.20へ続く

楽園を歩くニュージーランドハイキング目次 Vol.20