エコツアー大賞
著者プロフィール

吉田千春(よしだちはる)

吉田千春

フリーライター。海外旅行業界紙の記者を経て、ワーキングホリデーでニュージーランドへ。帰国後は、国内外のガイドブックやロングステイ関連本の取材・製作などに携わる。ワーホリ時代にハマったトレッキングが本格化し、ここ数年は冬山も通っております。

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ニュージーランドハイキング vol.25

ドアパスめざし、山の中を駆けずり回る

ドアパス編


 このコラムをずっと読んでくださっている方なら、はるか昔に私がコロミコ・トレックのことを書いたのを覚えてくださってるだろうか?
 え、覚えてない? あーそう。いーっすよ別に。(←卑屈)

 えー、覚えてない方はこのコラムの第1回目などを読んでみていただきたいのだが、私はテアナウに来た当初、コロミコ・トレックという日本人が経営するトレッキングツアーの会社でバイトをさせてもらおうと目論んでいたのである。で、結果としてバイトとしては雇ってもらえなかったのだが、人出の足りない時には声をかけてもらえ、荷物持ちとしてツアーに参加させてもらったりしていたのだ。

ミルフォ-ドトラック 山と山の間に広がるのがミルフォードトラックの谷

 で、その日もコロミコの社長さんに「明日ドアパス行くけど、どう?」と声をかけてもらったので「わーい、行きます」と、二つ返事で参加を表明したのである。
 ドアパス?それは一体どこやのん?というのが正直なところだったが、フィヨルドランド国立公園内のどっかの峠であることには間違いない(「パス」とは「峠」の意味なのだ)。それに社長自らガイドする場に同行させてもらえるのだから、なんの心配もいらないだろう。

 翌朝5時、コロミコのバンに乗せてもらい、テアナウを出発。その日のお客様は東京からやってきた、30代の女性一人だった。華奢な体つきの人だったが、毎年NZに来てコロミコのツアーに参加しているというから、よほどNZの山が好きなのだろう。それに健脚に違いない。

 1人のお客に対して、コロミコのスタッフはずいぶんたくさんいる。社長のほか男性スタッフが3人、男性スタッフの彼女、それに私という大所帯。なーんだ、別に荷物持ちなんて必要ないではないか。恐らくお客さん一人、ガイド一人で山を歩いても、お客さんに気の毒だと思って、たくさんスタッフを連れてワイワイ楽しく行くことにしたのだろう。そんな時に、部外者の私まで声をかけてもらえるのは、とてもありがたい気がした。

 

山越え谷越え、道なき道をゆく

 車が到着したのはレイク・ガンの手前、エグリントン渓谷と呼ばれるエリアだ。ドライバーさんは一行を下ろし、テアナウへと帰っていく。

 そこは登山道も看板も何もない場所だった(←こういう状況はいかにもNZのトレッキングっぽい)。少し前までこの辺りにはルピナスの花が群生しており、トレッキングに向かう車の中からそれを眺めるのを楽しみにしていたのだが、実際に自分がそこに降り立つとは思わなかった。なんだか不思議な気分だ。

 その場で食料や水など荷物を分担して出発。私も少しばかりの荷物を受け取り「荷物持ち」としての義務を果たす。しかし、ホントに何にもない場所である。だだっ広い草原の中に川があるのみだ。

 「じゃ、川越えるよ~」 という社長の声とともにみんなで川に入る。ただでさえこの辺りの川は氷河が溶けた水だったりして水温が低いのだが、早朝の川は氷のような冷たさだった。しかも水量が多いので、背の低い私は足が丸々水に浸かってしまう。ひー。
 腰までビショビショに濡れたまま、草原を歩き出す(これもまたNZのトレッキングならでは、である)。目指すは目の前にこんもりと広がる山だ。

 山に辿りつくと、一行は霧がかかる早朝の森を歩いていく。まさに道なき道を進むという感じ。だが先頭を歩く社長はまったく迷うことなく、一気に急な坂道を登り詰めていく。ところどころに現われる、道しるべの三角マークがそのルート・ファインディングの正確さを実証していた。

 や~まを越~え、谷を越え~。まさに忍者か陸軍のような速いペース。うかうかしていると取り残されそうだ。よっしゃ、頑張らねば!私の負けん気に火がついた。おりゃおりゃ~!ドガドガドガドガ。漫画だったら、我々の頭の上には、こういう文字が踊っていたに違いない。

 

峠の頂上でいただく至福のランチ

 坂道を登っては下り、小さな沢を超え、さらに登っては下る。
 いったい何回それを繰り返したのだろう。我々はとうとう森を抜け、ドアパスへと続く斜面へと辿りついた。そこにどんな道があったかというと、道はおろか踏み跡すらなく、ただ草原が広がり、前方に立ちはだかる山が壁のように見えているだけだった。

 草原を歩く間は「この草はね~、鹿の好物なんだよ。だから湖の草が残ってるってことは、この辺には鹿がいないってことなんだよね」なんて、社長が草花の解説をするのを笑顔で聞いていたのだが、じわじわと登りがきつくなるにつれ、そんな余裕もなくなった。社長は水たまりや巨大な岩をまき、崖状になった場所を避けながら、彼にしか分からないルートを歩いていく。
 傾斜がキツイ上に砂利や岩が多くて、足場が悪い。おそらく自分が歩いているのは、頂上を目指すのに一番無駄がない道なのだと知りつつも、めげそうになる。だって地面が足元だけでなく、目線の高さにもあるのだから。

テアナウ湖 ドアパスの頂上からはテアナウ湖と対岸の山々が見える
吉田千春記念撮影実は写真があまり得意ではない筆者ですが、思わず記念撮影してしまいました

 やがてコロミコの男性スタッフが遅れ始めた(彼らは大量の荷物を持たされていたのだ)。だが、社長のペースはいっこうに変わらない。
 お客の女性と私はなかば意地になって、社長と同じペースで歩き続ける。思えば私はこの頃毎日山を駆けずり回っていたからこそ、着いて行けたわけだが、旅行者として日本からやって来て、社長と同じペースで歩いているこのお客様は、やはりかなりの「山屋」なのだろう。

どれくらい歩いただろう。
 壁のようだった山の斜面が徐々に低くなり、峠の頂上に到着した。 地面を覆う草が、昼の強い陽射しにさらされて黄金色に輝き、フィヨルドランドの谷や川や山を越えてきた風がすうっと吹きぬけてほてった体を冷ましてくれる。

 ひゃ~。なんと気持ちいいのだろう。神さまから、「よく頑張りました」と花丸をもらった気分だ。嬉しくなってしまう。 眼の前に広がるのはテアナウ湖、そしてミルフォード・トラック沿いにのびる谷と山々。群青色に輝く細長い湖は、小さな入江のようでもあり大河のようでもある。山に挟まれた緑の谷にはクリントン川が一匹のヘビのように、複雑な曲線を描いていた。

「お疲れさん。昼にするか!」 我々は贅沢な景色の中、ストーブで火をおこし、アツアツのオイルサーディンをおかずに、おにぎりを食べた。そのうまいこと。うまいこと。 嘘いつわりなく、それは今まで食べた中で最高の山上のランチだった。

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